大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成4年(ワ)2342号 判決

京都府八幡市下奈良野神四三番地の一

原告

株式会社京都繊維工業

右代表者代表取締役

小林徳一郎

右訴訟代理人弁護士

佐野喜洋

神奈川県綾瀬市深谷六一七〇番地

被告

株式会社セイケンケミカル

右代表者代表取締役

清健二

右訴訟代理人弁護士

遠藤安夫

主文

一  被告は別紙写真一の一及び同一の二に示す上半身姿勢の矯正装着具を製造、販売、頒布してはならない。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項と同旨

2  被告は原告に対し、七四〇万円及びこれに対する平成四年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有する。

(1) 考案の名称 上半身姿勢の矯正着装具

(2) 出願日 平成元年九月一四日

(3) 出願番号 一〇八一四六

(4) 公開日 平成三年四月三〇日

(5) 公告日 平成四年七月三一日

(6) 公告番号 三二〇九五

(7) 登録日 平成五年四月一二日

(8) 登録番号 一九五九九八二

(二)  本件考案の構成要件は、次のとおりである。

(1) 別紙図面一及び二において縦長の略長方形状の背当て部10と該背当て部10に設けられたベルト挿通案内部15と、上記背当て部10の上縁10aの左右隅部位にそれぞれ一端21a、22aが連結され、各々左右の腕を通して肩を収容する空間A、Bを形成するループ部21b、22bを設けて上記ベルト挿通案内部15に摺動可能に挿通され、腹の前部まで届く長さを有した二本のベルト21、22と、該ベルト21、22の他方の自由端部分21c、22cに設けられた連結解除可能な連結手段31、32とから成る上半身姿勢の矯正着装具において、

(2) 上記ベルト21、22は伸縮弾性ベルトから構成されるとともに、

(3) 上記ベルト挿通案内部15は背当て部10の下半部12の四隅部位に設けられた挿通開口15a、15b、15c、15dから構成されたベルト21、22をX形状や相互に平行に上下方向に挿通案内する

(4) 上半身姿勢の矯正着装具

(三)  本件実用新案の要旨及び作用効果は次のとおりである。

(1) 本件実用新案の要旨

(イ) 従来の上半身姿勢の矯正着装具50(別紙図面三)にあっては、たすき掛けのベルト52、53は固定式になっており、装着時、特に取り外し時に腕を通す時に弾性収縮しているベルト52、53が上腕部でも強く収縮し、からんでなかなかスムーズに装着・取り外しができず、特に学童は他の人の手助けを必要としていた。また、大柄な人や小柄な人等、各種体形の人々に対して体形に応じた適当な矯正力を与えることができない等の問題を有していた。また、後者の従来例では、体力や体形に応じた矯正力の調整が難しく面倒である他、ベルト通しにおけるベルトの摺動がしにくく背当て部にしわが寄る等の問題を有していた。

(ロ) 本件考案は、右問題点に鑑み、一人でも装着や取り外しを容易に行うことができ、各種体形にもフィットして最適な矯正力をベルト自身の伸縮弾力性を引っ張りや装着の度合いで調節して与えることができかつ比較的スムーズにベルトを引いたりゆるめたりできる上半身姿勢の矯正着装具を提供することを目的としている。

(ハ) 本件考案に係る上半身姿勢の矯正着装具を示す斜視図の別紙図面一と二において、本件考案の上半身姿勢の矯正着装具1は、縦長の略長方形状の背当て部10と該背当て部10に設けられたベルト挿通案内部15と、上記背当て部10の上縁10aの左右隅部位にそれぞれ一端21a、22aが連結され、各々左右の腕を通して肩を収容する空間A、Bを形成するループ部21b、22bを設けて上記ベルト挿通案内部15に摺動可能に挿通され、腹の前部まで届く長さを有した二本のベルト21、22と、該ベルト21、22の他方の自由端部分21c、22cに設けられた連結解除可能な連結手段31、32とから成る上半身姿勢の矯正着装具において、上記ベルト21、22は伸縮弾性ベルトから構成されるとともに、上記ベルト挿通案内部15は背当て部10の下半部12の四隅部位に設けられた挿通開口15a、15b、15c、15dから構成されたベルト21、22をX形状や相互に平行に上下方向に挿通案内することを特徴としている。

背当て部10の上縁10aの左右隅部位近傍及び上記ベルト21、22の連結一端21a、22a近傍に血行促進用強力マグネット41、42を設けると肩こりをほぐす健康用具としても利用できるようになる。

(2) 作用効果

右のように構成された上半身姿勢の矯正着装具1では、左右一対のベルト21、22は背当て部10の下半部12の挿通案内部15において比較的スムーズに摺動可能に挿通されているため腕を通して肩を収容するループ部21b、22b内の空間A、Bの大きさは使用者の体形に応じて調整され、装着時や取り外し時に楽に腕を通すことが可能となる。また、ベルト21、22は、本矯正着装具1を装着後ねこぜ等を矯正するのに適した強制力を発揮するように引っ張られ、上記空間A、Bを絞り、これらベルト21、22の各々の弾性張力が調節され、腹の前で自由端部分21c、22cの連結手段31、32によって連結保持されるようになっている。

背当て部10の上縁10aの左右隅部位近傍及びベルト21、22の連結一端21a、22a近傍に設けられた強力マグネット41、42は、矯正中は勿論、ベルト21、22の引っ張りを緩めて空間A、Bを少し大きくして矯正を中断している時も肩のこりをほぐすように血行を促進することができる。本件考案の上半身姿勢の矯正着装具1によれば、弾性ベルト21、22のループ部21b、22bの大きさを使用者の各種体形に応じて楽に調節することができ、腕の着け根を締め上げるような窮屈さを無くすると共に適当な強制力を発揮させることができる。また、装着時や取り外し時にループ部21b、22bを引っ張って充分に大きくして楽に腕を通すことが可能となり、太った人でも幼児一人で取り外しが容易にできるようになる。

2(一)  従来の上半身姿勢の矯正着装具は、たすき掛けのベルトが固定式になっているか、伸縮性の背当て部の下方縁部にベルトを通して身体正面で結着するようにしていたものにすぎなかったところ、本件考案の実施品である別紙写真二の一及び同二の二に示す原告の上半身姿勢の矯正着装具(以下、「原告製品」という。)は、ベルトを背当て部にX形状交差させて伸縮自在にさせたことに特徴があり、右形態自体が原告の商品たることを示す表示である。

(二)  原告製品は、平成元年九月以降、訴外リッカー株式会社(以下「リッカー」という。)及び訴外フレンドリー株式会社(以下「フレンドリー」という。)の広告雑誌(いずれも年二回発行され一回の発行部数が一〇〇万から一五〇万部)に掲載されていたから、原告製品の形態は、原告の商品であるとして広く認識されていた。

3  被告は、平成元年九月頃から、原告から原告製品を購入したが、その直後、本件考案が実用新案の出願準備中であることを知りながら、本件考案と同一構造の粗悪品である別紙写真一の一及び同一の二に示す上半身姿勢の矯正着装具(以下「本件係争製品」という。)を訴外リッツ本舗株式会社(以下「リッツ本舗」という。)に製造させ、リッカー等にこれを少なくとも八〇〇〇着販売した。

4  これにより原告の被った損害は、次のとおり、合計七四〇万円を下らない。

(一) 取引の機会を奪われたことにより受けた損害

二四〇万円

(一着の粗利益×製造販売数

=三〇〇円/着×八〇〇〇着

=二四〇万円)

(二) 被告が粗悪品を製造販売したために原告の信用が害されたことにより受けた損害

五〇〇万円

5  よって、原告は被告に対し、実用新案権に基づき、本件係争製品の製造・販売・頒布の中止を求めるとともに、平成五年五月一九日法律第四七号による改正前の不正競争防止法(以下、単に「不正競争防止法」という。)一条の二第一号による損害賠償請求権に基づき、七四〇万円及びこれに対する不法行為後である平成四年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(三)は知らない。

2  同2(一)は否認する。原告製品には、ブランドネームである「サニーウェイ」の表示があるが、本件係争製品には、かかる表示はないから、原告の商品たることを示す表示と同一または類似の表示を使用したことにはならない。

仮に、原告製品の形態自体が原告の商品たることを示す表示にあたるとしても、右形態は、本件考案の技術的機能であるスライド式背骨矯正ベルトに必然的に由来するものであるから、本件係争製品が不正競争防止法の規制を受けるものではない。

3  同2(二)は知らない。

4  同3は否認する。被告は、訴外株式会社セイケンプロダクト(以下「セイケンプロダクト」という。)を介して原告から原告製品を購入し、これを転売したのであって、模造品をリッツ本舗に製造させて販売したことはない。

5  同4は知らない。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  実用新案権に基づく請求について

1  成立に争いのない甲一号証、甲五号証によれば、請求原因1(一)ないし(三)の各事実(本件考案の存在及びその内容)が認められる。

2(一)  前掲甲一号証、原告主張の写真であることに争いのない検甲一、二号証によれば、本件係争製品が、請求原因1(二)記載の本件考案の構成要件をいずれも充足しており、また、請求原因1(三)記載の本件考案の作用効果と同一の作用効果を有しているものと認めることができる。

(二)  そこで、本件係争製品が被告により製造・販売されたものであるか否かについて検討する。

成立に争いのない乙一号証、原告代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲六号証の一ないし四、証人佐藤實及び同塩沢昭和の各証言並びに原告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和六三年末頃から、本件考案の試作を開始し、平成元年六月頃、試作品を完成した。

(2) 被告は、通信販売会社への商品の卸売業を営んでいたが、同年七月頃、社員である訴外佐藤實(以下「佐藤」という。)を原告に派遣し、何か通信販売に適当な商品がないか商談を進めたところ、原告から原告製品の通信販売を勧められ、同年八月二五日、見本品として二着を譲り受けた。

(3) 被告は、原告から見本品を受け取った直後、佐藤を派遣して見本品を兵庫県明石市所在のリッツ本舗に持ち込み、同じものを製造するように依頼したところ、単価八〇〇円で見本品と同一のものを製造することで商談がまとまった。

(4) 被告は、その一方で、原告に対し、同年九月、本格的に原告製品を注文し、原告は、右注文を受けるようになってから、原告製品の製造・販売を開始した。

(5) 被告は、同年九月一四日から平成二年九月一四日までの間に、子会社であるセイケンプロダクトを介して原告製品合計一万一四九一枚を単価八三〇円ないし八六〇円で購入し、更に、平成三年五月一〇日から同年一一月一九日までの間に、原告製品合計一三九三枚を単価八四〇円ないし八七〇円で購入した。

(6) 被告は、平成元年九月頃、原告から原告製品を購入して通信販売業者に卸売りする一方で、リッツ本舗に製造させた本件係争製品を購入して一万着前後をフレンドリーやリッカー等の通信販売業者に卸売りした。

(7) 原告が被告に納入した原告製品は、いずれも「サニーウェイ」との表示名が付されているが、本件係争製品にはこれが付されていない。

(8) 被告は、平成三年一一月一九日を最後に、原告から原告製品を購入するのをやめ、専ら、リッツ本舗に製造させた本件係争製品を同社から購入して通信販売業者に卸売りするようになっている。

(9) フレンドリーやリッカー等の通信販売業者は、原告製品をパンフレットに掲載する等して販売した。

(三)  右認定事実によれば、被告は、平成元年九月頃から、本件考案の実施品である原告製品を模造した本件係争製品をリッツ本舗に製造させ、これを通信販売業者に卸売りしていることが認められる。

なお、被告は、原告から原告製品を購入し、これを通信販売業者に卸売りしているだけで、リッツ本舗に模造品を製造させ、これを通信販売業者に卸売りしたことはない旨を主張し、被告代表者本人尋問中には、被告が、通信販売業者から原告製品の返品を受けた際、その中に第三者の製造した模造品が紛れ込み、右返品を再度通信販売業者に卸売りしたことにより、結果的に、模造品を販売したことになったかもしれないとの供述が存するが、証人佐藤實の証言に照らすと、右被告代表者の供述部分を採用することはできない。

3  以上の事実によれば、被告は、本件考案の構成要件を充足し、本件考案と同一の作用効果を有する本件係争製品を製造・販売していることが認められるから、被告による右行為は原告の実用新案権を侵害する(被告において本件考案の権利範囲に関する特段の主張を行っていない。)ものであり、原告は、被告に対し、本件実用新案権に基づき、本件係争製品の製造・販売・頒布を差し止める権利を有するものと認めることができる。

二  不正競争防止法に基づく損害賠償請求について

1(一)  商品の形態は、本来、その商品の有する機能をよりよく発揮させるとともにその美観を高めることを目的とするものであり、商標のように、もともと商品の出所を示すためのものとは異なるけれども、副次的にもせよ商品を個別化する作用を持つことは否定しえないところであり、不正競争防止法一条一号にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」は、商品の出所を示すことを本来の機能とするものに限らず、本来の機能とは別個に商品を個別化する作用をもつ商品の形態も、また、同条項にいう「表示」に含まれるとするのが相当である。

しかしながら、商品の形態の本来的機能が前記のとおり商品の出所の表示にあるのではないことに鑑みると、商品の形態それ自体が商品の出所の標識力として周知性をもつに至ったというためには、単にその形態が一定期間使用されたというだけでは足りず、更に、その形態が同種の商品の中にあって排他的、独占的に使用され、その形態のもつ特色(個別性)が特定の者の商品であることを表示するものとして取引者または需要者間に認識されることを要するというべきである。

(二)  前掲甲一号証、検甲一、二号証によれば、従来の上半身姿勢の矯正着装具は、別紙図面三のとおり、腕を通して肩を収容する伸縮弾性ベルト52、53と、腹部前方部を連結する伸縮弾性ベルト54がそれぞれ別個に背当て部51に連結されているものであったのに対し、原告製品は、別紙図面一のとおり、背当て部上縁(21a、22a)に連結された伸縮弾性ベルト21、22を、左右の腕を通して肩を収容するループ部21b、22bを形成させた上、ベルト挿通案内部15を通して腹の前部まで届く長さにまで延長して連結する形をとり、従来の上半身姿勢の矯正着装具において別々に設けられていた二種類の伸縮弾性ベルト(別紙図面三の52、53及び54)を繋げてしまうことにより、一人でも装着や取り外しを容易に行うことができ、各種体形にもフィットして最適な矯正力を持たせることができるように工夫したもので、この点に原告製品としての形態的特徴を有すると認めることができる。

(三)  しかしながら、前記一2(二)における認定事実によれば、原告は、平成元年九月頃から、原告製品を通信販売の方法により販売していることが認められるものの、原告製品がいかなる形で宣伝・広告され、これがどの範囲の人々にどのように認識されるに至っていたかについてこれを認めるに足りる証拠がない(原告代表者本人尋問の結果中に「分かりません。何十万という単位じゃないですかね。」との供述が存するに止まり、パンフレットにおける原告製品の掲載方法、発行部数及び頒布範囲に関しては、これを認めるに足りる証拠がない。)。しかも、右認定事実によれば、被告は、原告製品の販売と同時期に、本件係争製品の販売を開始しており、原告製品の販売数が約一万三〇〇〇着であるのに対し、本件係争製品の販売数もこれとほぼ同数である約一万着前後であるうえ、原告製品と本件係争製品の販売経路は同一であることが認められ、原告製品が本件係争製品と区別されて宣伝・広告されていたかどうかも疑わしいことからすると、原告製品の形態が同種の商品の中にあって排他的、独占的に使用され、原告の商品たることの表示として周知性を有していたと認めることはできないというべきであり、他に、右事実を認めるに足りる証拠はない。

(四)  右のとおり、原告製品の形態が原告の商品たることの表示に当たらない以上、被告が、本件係争製品を製造・販売・頒布することにより、原告の取引の機会を奪ったとか、原告の信用を棄損したということはできないというべきである。

3  したがって、不正競争防止法に基づく損害賠償請求は理由がない。

三  よって、原告の請求は、本件係争製品の製造・販売・頒布の中止を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 見満正治 裁判官 鬼澤友直 裁判官 飯畑勝之)

〈省略〉

(正面)

写真一の一

(背面)

写真一の二

〈省略〉

(正面)

写真二の一

(背面)

写真二の二

図面一

〈省略〉

1…上半身姿勢の矯正着装具、10…背当て部、10a…上縁、12…下半部、12a、12b…気 、21、22…伸縮弾性ベルト、21a、22a…一端、21b、22b…ループ部、21c、22c…自由端部分、15…挿通案内部、15a、15b、15c、15d…挿通開口、31、32…連結手段、41、42…マグネット、A、B…空間

図面二

〈省略〉

1…上半身姿勢の矯正着装具、10…背当て部、10a…上縁、12…下半部、12a、12b…気 、21、22…伸縮弾性ベルト、21a、22a…一端、21b、22b…ループ部、21c、22c…自由端部分、15…挿通案内部、15a、15b、15c、15d…挿通開口、31、32…連結手段、A、B…空間

図面三

〈省略〉

50…上半身姿勢の矯正着装具、51…背当て部、51a…上縁、51b 51c…気 、52 53 54…伸縮弾性ベルト、A、B…空間

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例